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「むぎ写真」通信

「むぎ写真」に関することや
そうでないことなんかを、つらつらと。
(***=最新)


データマン、女性は好きですか?(***)

先日夜、たまたまテレビをつけたら
「マネーの虎」(NTV系)をやっていたので
思わず見入ってしまいました。

(どんな番組かご存知の方も多いと思いますが、念の為(;^_^A )
「マネーの虎」というのは
何か事業を起こしたいが自己資金が出せない、という人が出場者となって
ずらりと並んで座っている企業オーナーの前で
彼らの的確かつ鋭い(!)指摘や質問を受け止めかわしつつ
自分のやりたい事業内容や、それに対する思いを主張して
認められれば事業資金を得られる、という番組です。
個人的にはひばりプロダクションの社長が
企業オーナー側に座っているのが
何だか不思議に思えて仕方ないのですが、まあそれはそれとして。

その日出場していた男性が、とんでもないデータマンでした。
今までにないスタイルのカフェ
(確かコンビニカフェとか言ってたような?)を幅広く展開させたいので
そのための資金を得ようと出てきたようでしたが
事業計画書の内容がとにかく緻密この上ない。

なんでも店舗を開きたい地域の周辺にある
SタバやDトールなんかの既存カフェに200回以上通い詰めて
集めたデータをエクセルか何かでまとめてきたらしいのです。
おそらく、経営学やマーケティングの理論や手法を
どこかで学んでいたのでしょう。
(そういえば彼は、起業塾みたいなのに通ってたって言ってたっけ)

事業計画書にずらりと並ぶ数字。
・・・数字というのは面白いもので、
数字の含む内容の有無問わず(←ここがミソ)
小さい数字がずらりと並んでいること、ただそれだけで
見る側を圧倒させてしまうな説得力を持ちます。

男性の主張によると。
SタバやDトールは大手だし効率重視でやっているから
その隙間に入っていけるような、
大手に欠けているものを持ちうるカフェを目指したい。
特に、大手コーヒーチェーンではやっていない「中国茶」をやりたい云々。

その時。
数字の羅列の事業計画書にあれこれ唸っている
オーナー陣の1人から、こんな質問が。

「女性は好きですか?」
この質問を聞いて、今まで持っていた
「社長」というものに対するイメージが少し変わった気がしました。
「社長」といえば、日々刻々送られてくる
売上や財務データとにらめっこしながら
部下にゲキを飛ばす、というイメージがあったんですが
考えてみれば、商売っていうのはそもそも「人間」を相手にするもの。
どんなに数字や経営ノウハウに詳しくても
商売相手の人間そのものが理解できていなくては
成功するはずがありません。
カフェといえば、やはり女性のお客さんのほうが多いですから
女性に興味があること、
そしてそれを通じて女性の心理をいかに上手につかめるか、という
数字に表せない部分を問うた良問、だったと思います。

意表をついた質問に少々面食らいながらも
出場者の彼は普通に答えていたような記憶があるのですが
残念ながら、その内容を詳しくは覚えていません。

そういえば。とある著名な女性ニュースキャスターに
学生が質問したそうです。
「ニュースキャスターになりたいのですが、何をしたらいいですか?」
この質問に対して、彼女は笑ってこう答えたそうです。
「たくさんデートしなさい、それが一番の近道よ」と。
最初、この問答を雑誌で読んだ時
正直言って、意味があまりよくわかりませんでした。
恋愛は学校で勉強できないから、そういう経験をたくさん積むほうが
いつかキャスターになった時に役立つのかしらん。
ぐらいにしか考えていなかったのですが。

「マネーの虎」の質問で、その意味が(何となく、ですが)
わかりかけてきたような気がしました。
狭い、特定の世界にこもりきりになるのではなくて
つねに心を開き、何でも知りたがり聞きたがりになること、
そして人間を知ろうとする努力をたえず続けていくこと。
恋愛が、そうしたエネルギーを開発するのに有効な手段であることを
その女性キャスターは実感していたのでしょう。

知識は自分の身を助けてくれます。しかし、それだけのことです。
知恵などというと、やや堅い表現になってしまいますが
大切にしたいこと、すべきことは
そうしたものの中に隠れているのかもしれません。

(2004.2.14)
「むぎ写真」7 作品解説

そばを通りかかるたびに、気になる樹木があった。
空に向かってゆるやかに伸びていない枝々。
ぐねりぐねりと曲がっている。
いつか(医療関係の仕事をしている)妹の引っ越しを手伝ったときに
偶然見つけたノートブックに描かれていた
筋肉や神経のスケッチにあるような、生々しさを感じた。

もちろん、空に神経など通ってはおらず
筋肉がついているはずもない。
人は、空にいろんなイメージを見て取る。
そんな空は「そら」でもあり「くう」でもある。

実は、空それ自体はからっぽだったりする。

そうでなければ
涙を流した後に見上げて
どうにか涙を乾かし進んでいこうとする小さな決心や
気持ちが追い詰められて、
何ものにも触れたくない、というような孤独などを
ありのままに見つめ、受け止めてはもらえないであろう。
夏生まれのせいか、冬という季節はあまり好きではない。
できることなら、暖かい部屋で猫のようにぬくぬくと過ごしたい。
(もちろん、そんな生活ばかりできるわけではないが)
なので、少しでもその寒さをしのごうと
いろいろな衣服を着て、
なるべく肌を外気にさらさないような格好で出かけるのだけど
それでも、どうしても背筋がまるくなってしまう。

カメラを持つ時は、ほとんど手袋をしない。
細かい動作がしづらくなるからだ。
長いこと素手でいると、だんだんと手がかじかんでくる。
皮膚のしわの隅々まで、寒気がくまなく入り込んでいく感じ。
思うように手が動かなくなってきたりもする。

しかし、たとえば。
音楽を聴いたり、読んでいる本の一節に感じるものがあったり
好きな人と一緒に過ごしたり
あるいは、誰かがふと口にした言葉に心を動かされる時。
ひとの心というのは、自然と
「はだかんぼう」になっているのではないかと思う。
むしろ「はだかんぼう」でないと
そういった感動をつかまえることはできないのではなかろうか。



自分を装う、というと格好つけた感じの表現になるが
己の感情をコントロールするのが上手な人、というのはいる。
それはそれで、スマートで、無駄がなくてよいのかもしれないけれど
無駄の中に宝物を見つけるのだって、また楽しいはず。

(2004.2.12)


今年のクリスマスケーキ

今年もいよいよクリスマスがやってきました。
といっても今日は天皇誕生日であって、
イエス・キリストの誕生日ではありません(^^ゞ

例年、平たい円形の生クリームタイプばかり食べていたんですが
今年はちょっと趣向を変えて、いつもと違う変わった形のものを予約してみました。
つい1時間ほど前にお店からもらってきたばかりのホヤホヤです!
(つまりこれを書いている時点ではまだ食べていないということであります。
あ〜おいしそう・・・)
視覚的楽しさもまた味のうち、ということで。 
とりあえずは目で楽しんでおきますか♪

画像で見ておわかりだと思いますが、このケーキ、ツリーをかたどっています。
ラズベリーとブルーベリーとストロベリーが段々重ねになってるんですね(^-^)b
間にはカスタードクリームがはさんであるようです。
食べるのがもったいなくなるぐらいの可愛さです(でも食べる!笑)。

にしても。今日はやはりケーキ屋さんは大忙しです。
このケーキ屋さんでは、近所にある
調理師専門学校の学生さん(らしき人)が働いているのですが
厨房の向こうは甘〜い香りとは裏腹に殺人的な忙しさでした。
パティシエは体力勝負だと聞いたことがあるけれど
こういう素敵なケーキを作り出せる
「魔法の手」を持つパティシエはやっぱりすごいと思いました。

お味は、また後ほどということで。でも書く時間があるかどうか・・・

(2003.12.23)
・・・てなわけで、食べてみました。すっかり平らげました(笑)
このケーキ、見た目は割と小ぶりなんですが
小ぶりだからって馬鹿にしてはいけません。
なかなか複雑といいますか、思わずうなってしまいました。
何がすごいって、味が単調じゃないところ!
普通、ケーキを丸ごとホールで買ってきて食べていると
途中で何となく飽きてしまいがちですけど、
これに関してはそういったことが全くなかったのです。

まず、黄緑色の部分は、ビスケットの上下を
ピスタチオを混ぜた(らしい)ホワイトチョコレートではさんだものです。
かじるとサクッとした食感が楽しめます。しかも甘さ控えめ♪

1層目はラズベリーを混ぜたムースを中心に
カスタードクリーム、そしてラズベリーの果実がぐるりと囲んでいます。
2層目がブルーベリー、3層目がストロベリーです。構造は1層目と同じ。
ちなみに、このケーキは
フォークやナイフを使うとくずれてしまうので
上から1層ずつ手で食べていきました。
黙々と食べていたのは言うまでもありません(笑)

そして最後は木の幹の部分です。画像では見えないんですが
ちゃんと焼チョコレートケーキでできた幹もついているのです(^◇^)


お値段はちょっと高め(3000円台)だったけれど
これだけ楽しませてくれるケーキならば、
値段以上の価値はじゅうぶんあると思いました。

さて、来年はどこのケーキを頼もうかしらん(*^_^*)

(2003.12.25 加筆)
高円寺阿波踊り2003

「踊るあほうに見るあほう」という言葉があります。
小さい頃からほとんど毎年欠かさず見物に出かけている
高円寺の阿波踊り。
今年も8月26〜28日に行われました(26日は前夜祭)。
正式には「東京阿波踊り」というようですが、まあそれはそれとして。
これを見ないと、むぎさんの中では夏は終わりません。

例年、どんなに冷夏といわれる年でも
阿波踊りの時期になると急に暑くなり
冷たい飲み物が片手にないと、
汗がダラダラ流れてきてどうしようもないのですが。
今年は少し様子が違いました。
人が多いので(毎年100万人近く来るとか?)
蒸し暑いのは蒸し暑いんですが、時折涼しい風も吹いていました。
こんな年は珍しいです。やはり異常気象なのでしょう。

最初は一眼レフで撮っていたのですが
デジカメを手に入れてからは、ずっとそれを使っています。
が、しかし!
わたくしの所有するデジカメはシャッターの反応が遅いので
動くものを撮るのがとても苦手(T_T) 
なのでここ数年は毎年苦戦しています。
(家人には
『だったら阿波踊りだけ一眼レフにすれば』と言われたりしますが
自宅にスキャナーがないので
一旦、写真屋さんの同時プリントに出してから
CD-Rに焼いてもらわないとPCに取り込めないという
その手間が面倒で・・・ 写真屋さんごめんなさいm(__)m)

毎年見ているので、
基本的な踊り方はだいたいわかっています。
「ここだ」というタイミングでシャッターを切ってはみるんですが
動きがずれてしまったりするので
あらかじめ「次はこうだろうな」と、動きを予測して
シャッターチャンスを待つことにしています。

毎年、50〜60団体前後の連(踊りのグループ)が出演します。
基本のお囃子の拍子(というのでしょうか)は
だいたい一緒なんですが、
リズムやスピードなどは
連によってダイナミックだったり、逆にゆっくりめだったりと
いろいろ個性があります。
見る分には、お囃子の音が大きくて動きがダイナミックだったり
大技や個人技(ひょっとこ含む 笑)が
あったほうが断然おもしろいです。
が、写真に撮るには
ペースがいくらかゆっくりめな連のほうがいいかもしれません。
夜景を撮る時には、夜のぼわんとした雰囲気を生かすため
フラッシュを使わないことが多いので
動きがゆっくりだと、さほどブレずに撮れます。

当然のことながら、高円寺阿波踊りには
毎年他にもカメラやビデオを持った人が大勢やってきます。
ここ数年は、写メールな人々もだいぶ増えてきました。
携帯のカメラは、むぎさんのデジカメよりも
さらにシャッターの反応が遅いので
みなさん撮影には苦労しているようでしたが
撮ってすぐ友達に送れるってのは便利ですよね(^-^)

意外と多いのが一眼レフ派。
年代としては50代以上でしょうか。男女の別はあまり関係ないようで。
阿波踊りフォトコンテストもあるので、
それへの応募用に撮影するのでしょう。
今年もあちこちの夏祭りを見に出かけました。
(個人的な意見ですが)
郊外や新興住宅地といわれる地域での夏祭りって
どことなく、冷めてる部分があるような気がしてなりません。
たまたま見た某市の「よさこい踊り」に出ていた子供たちも
あんまり楽しそうに踊ってなかったし。
・・・自発的にやる、というのではなく
誰かがやれっていうから仕方なくやる。というような雰囲気が
うっすらと感じられてしまうのです。

おそらく、都心の職場で働いて郊外にある自宅で休息する、という
生活のスタイルが
地域行事に対する関心を薄くさせてしまうのでしょう。

そんな中で高円寺の阿波踊りを見ると、とてもうれしくなります。
なぜなら、踊るのが好きでたまらない人々ばかりが参加していて
それを多くの人々が心から楽しんで、応援しているのがわかるからです。
年齢性別国籍一切不問。 阿波踊りは世界を救うかも?

2003年高円寺阿波踊りの画像はこちらから(別窓で開きます)
↓↓↓
ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ♪

(2003.9.8)
「むぎ写真 5」作品解説

2003年が始まってから間もない、七草の日の朝。
いつもの冷え込みの中
自宅から数分のゴミ捨て場まで、ゴミを捨てに行った。
その日は確か燃えるゴミの日だったが
中には、そんなことおかまいなしに粗大ゴミを捨てる人もいる。
タンスやソファーや事務用のスチール椅子などなど。

その朝見かけた一脚の椅子は
ゴミ捨て場から少し離れた場所に放り出されていた。
会社で使われていた、というよりは
飲食店か、もしくは個人宅で使われていたと思われるデザイン。
椅子の青銅色やベージュと
中途半端にくすんだ冬の朝の雰囲気とが、奇妙に合っていて。

狭い我が家に持ち帰ることはできないが
こういう椅子が捨てられることもめったになかろうと思い
カメラを持ってきて、その椅子を撮り始めた。
ちょうど通勤・通学の時間帯だったので
自転車に乗った人々が、キキーッという音を立てて
椅子のそばを素通りしていく。

なんでかわかんないけど
こんな所に椅子が捨ててあるね。といった感じで。

手袋をせずに撮っていたので手がかじかんできたけれど
撮るのをやめようとは思わなかった。

冬の夜中に捨てられたこの椅子が
どのように朝を迎えたのだろう、とか
脚はあれども自力で動けないその目線で
この世の中を、どういう向きから見つめているのだろう、といった
とりとめのないことを考えながらシャッターを切っているうちに
どこまで撮り続けたら十分なのか、が
自分でもわからなくなっていた。

いずれ「椅子の視点から見た小さな世界」ってなテーマで
文を書いてみたらおもしろいかも。と思いつつ
椅子の画像は、MOディスクにしまいこんだままになっていた。

椅子が見つめていた空は、実はその場所だけのものではなかった。
(当たり前のことだけれど)空は地球のあちこちのみならず
宇宙にまでつながっている。
椅子を取り巻く小さな世界が、画像に閉じ込められている間に
いつしか戦争が始まり
世の中は大きく変わってしまった。
来る日も来る日も、特定の国土に降り注ぐ爆弾の雨。
張り上げても張り上げても、かき消されてしまう声。
垂れ流される(作られた)正義のニュース。
何もかもが屈折して見える。そして容赦なく襲い、突き刺していく。

行ったことのない、遠い国での出来事だからあまり興味ない。
別に自分が痛かったり、苦しかったりするわけではないし。
身の回りの、ごくごく近い範囲のことだけに気を配っていれば
何とかなるような気がする。
っていうか。実際問題、それだけで手一杯。

明日も間違いなくそうしていられるとは、
世界中の誰にも言い切れないのに。

「一寸先は闇」という言葉があるが
右も左も分からず、手探りするしかない暗黒の空間で
誰もが(道しるべとしての)光を探しているのではないかと思う。
夜空に星や月を見つけると安らげるのは、そのせいか。

(2003.8.26)
「むぎ写真」のできるまで

「むぎ写真場」は、写真とことばのWebサイトですが
世の中には、他にも
詩や絵や写真やことばを扱った創作系サイトがたくさんあります。

良き作り手であるためには、良き読み手でもあれ。ということで
むぎさんも、そういったサイトをよく巡回しています。
が、しかし。作品がUPされていても
その製作過程を種明かし(!)しているところは、
そんなにないような気がします。

以前、喫茶室『麦』で
「むぎ写真」で使われている写真の被写体は
どこから探してくるのか、
また文章のアイディアはどこから出てくるのか?
といったお尋ねがありました。

今までに、自分自身の手で
そういったことを書いたことがなかったので
今回は「むぎ写真」の作り方について書いてみようと思います。

具体的な手順が、いくつかあるにはあります。
試しに並べてみると

・デジカメで写真を撮る(もしくは過去に撮ったものの中から探す)
・撮った写真の中から選ぶ
・手帳にことばを書き留める
・PCを立ちあげてホームページビルダーを使ってレイアウトする
・回線をつないで転送して完成

・・・といった感じなんですが
いつも必ず同じ流れとは限りません。
ことばが先に浮かんで、被写体があと。ということもあれば
被写体からインスピレーションを受けてことばが浮かぶ。
ということもあります。

ことばが浮かんでも、それに合うような被写体が見つからなければ
「むぎ写真」はできません。
そんな時は、手帳にことばを書きつけ
そのまま寝かせておくこともあります。

被写体は、偶然発見したものがほとんどです。
例えば「むぎ写真 3」の風景は
以前勤めていた職場の裏道だし
「むぎ写真 5」の椅子は、自宅近所のごみ捨て場に
たまたま捨ててあったものだったりします。
昔から歩くペースが遅く、しかも周りをきょろきょろしたり
寄り道するのが好きなせいでしょうか、
普通にそこらへんを歩いていても
他の人が見過ごしたり興味を持たないようなものに
自然と目が向いてしまうようです。
頭に触角でもついているような感じです。うまく説明できませんが(^_^;)
ともあれ、「おっ」と感じたものは
そう感じた時に撮るようにしています。

「今度来た時に撮ればいいや」ではなくて
今、まさにこの瞬間に撮らなければだめなのです。

なぜから、同じ風景は二度と生まれないから。

次に同じ場所に来たとしても
以前と同じ人が同じ場所や位置にいるという保証はないし
天候や時間による太陽の動き、それから季節によっても
風景は変わります。決して同じではありえません。

なので、撮っている時は
周りの状況なんかおかまいなしです。
けげんそうな顔で見られたり、怪しいやつだと思われても
知ったこっちゃありません。
第一、自分の視界には入ってないんですから(笑)

作りこんだものよりは、あまり手が加えられていないもの。
華やかできらびやかなものよりは、ぼろくてさびれたもの。
普通に、どこにでも転がっていそうなものに、何となくひかれて
それに対してカメラを向けることが多いです。
「こんなの撮ったら変かな」という先入観は
ほとんどないし、また持たないようにしています。
そういうことは、撮ってから考えても遅くないから。

しかし「普通にあるものを撮る」というのは
一見簡単なようで、実はかなり難しいものです。
ただ真正面から撮るだけでは、
どうして自分はその被写体にひかれたのかを
うまく表現できなかったりすることが度々あるので
被写体の切り取り方、見せ方をあれこれ考える必要が出てきます。

これが、写真の面白いところであり
また難しさでもあるのでしょう。
なので、上下左右いろんな向きから撮ったり
近づいたり遠ざかってみたり
カメラの側であれこれ操作したりします。

もちろん、シャッターを切ったものすべてが
納得できるものではありません。
むしろ「なんぢゃこれ」というもののほうが多いぐらいです。
数十枚撮っても、数枚納得できればいいほうで。。。

文章については。
歩きながら風景を見ているうちに、思い浮かぶこともありますが
基本的には、日頃考えていることや
世の中の動きに対しての、自分なりの解釈から生まれることが多いです。
例えば「むぎ写真 5」の

そこから屈折して降り注ぐ
あふれんばかりの現実を
受け止めてみせようじゃないか

たとい ひび割れ 突き刺さろうとも


というのは、イラクの子供たちが
クラスター爆弾で負傷したというニュースを見て浮かんだ一節です。
危険や死と背中合わせであっても、この土地で生きようとする意志。
そして「むぎ写真 4」の

言葉につくせずあふれた思いが
止めどない流れにのって
空へ

溶けた蝋のぬくもりは
過ぎ去りし時を悔やみ
流した涙の
名残り

というのは、初詣に行ったお寺の蝋燭(ろうそく)を見て
浮かんだ一節です。
不景気風の吹く中「今年こそはいい年になりますように」と
年の初めに祈る大勢の人々それぞれの背後には
言葉につくせない個々の思いがあって
年初のお寺に
そういった見えない思いが集まり、あふれているように感じられたのです。

ことばを書く時には
語感や文字数や改行など、読み手が読むときに
なるべくさらさらっと流れないようなリズムを作るようにしています。
どこかでつっかかりを持たせる、といいますか。


(自分自身でこういうことを言うのは何ですが)
自分以外のものごとに対して、ただ優しく接することしかできず
また、意味のない、余計な情深さにとらわれてつまずき
迷ったり悩んだりしがちな、この自分の弱っちい性分が
たまらなく嫌になることが(時々)あります。

撮ることや書くことは、
そんな自分の性分を否定することなく
いい意味で生かすことのできる、
とてもありがたい作業ではないかと思えるのです。

(2003.8.15)
写真を着る

写真は撮るのも見るのも好きなんですが
実は着るのも好きだったりします。

この写真プリントのTシャツ。
十年近く前に
ちょっと背伸びして(笑)
新宿の伊勢丹にあるアニエスbで
買ったものです。
当時¥6,000近くしたでしょうか。

Tシャツにしては
少々値段が高かったけれど
ぜひ着てみたいと思っていた
ブランドのお洋服だったので
とにかくうれしかったもんです。

それにほら、写真プリントのTシャツを
着てる人って、
アーティスト系っぽく見えません??


柄が気に入っていたのでしょっちゅう着ては洗濯、を繰り返していたら
襟ぐりのあたりがヨレヨレになってしまいました。
どことなくだらしない感じになってきたので、思い切って買いかえることに。
探し物というのは
面白いもので。
探すぞ!と
思っている時には
見つからず
別にどうでもいいや〜と
街をぶらぶらしている時に
お目当ての物に
めぐりあえたりします。。
このTシャツは
ユニクロをぶらぶらしてて
偶然見つけました。¥1,000。

(このTシャツに限らず)
今年のユニクロはいろいろ凝った
「こだわりのTシャツ」を多く出していて、
買わずに見るだけでもそれなりに楽しめます。うんうん。

女の子が、つかまっているタイヤを揺らして遊んでいる画像です。
どうしてこれを選んだかというと
流し撮りの上手さにひかれたからで(^^ゞ
(注:流し撮りというのは、
被写体の動きに合わせてカメラを動かす撮り方で
背景が動いて被写体そのものにはピントが合う。
ある程度の慣れ、というか反射神経が要求される)
これもアニエスbのTシャツで。
何が写っているのか
いまいちわからないまま
買ってきたんですが。
空から見た飛行機の
つばさの部分なんですね。
これって。

ただ、このTシャツは
少し丈が短めなので
普通にジーンズなどと
合わせてしまうと


お腹まわりが気になるだけでなく ヾ(・・;)ォィォィ
「つんつるてん」な感じになってしまうのが難点。
なので、ロングスカートに合わせることが多いでしょうか。

デジカメとプリンターとアイロンがあれば、
オリジナルの写真Tシャツを作ることができます。
1度、自分で撮った写真を
Tシャツにしてみようかなと考えたことはあるんですけど
こっぱずかしいからやめました(苦笑)。もう少し修業してから・・・?

(2003.5.17)
春カメラ

(今回はリンク多めの文章です。
 別ウインドウで開くようにしてありますので
 これは!と興味の持てるカメラがあったら
 ぜひ関連Webサイトもご覧くださいませ(^-^))

先月の14〜16日まで、東京ビッグサイトで
「PHOTO EXPO2003」(通称カメラショーなどと言われる)
というカメラや写真用品のイベントがありました。
各メーカーの春の新製品が一堂に展示されましたが
賑わっているのはデジカメを展示しているメーカーのブースだけで
用品メーカーのところはさっぱりでしたね。
業界の先細りを改めて感じました。

それはさておき。今回のPHOTO EXPOでむぎさんが気になったカメラを
いくつか取り上げてみたいと思います。
入り口そばに陣取っていたニコンのブースで目についたのは
松嶋菜々子をCMキャラクターにしたニコン COOLPIX2100
最近の流れではあるけれど、これがまた小さいこと。
女性の手のひらにちょこんと乗っかってしまう大きさです。
小さいカメラ、特にフラットな形状のカメラは
どこを持って構えていいのかわからなくて
男の人の大きな手で持つと、
フラッシュのあたりが指で隠れてしまったりするんですけど。
このカメラは、そのあたりがちゃんと考えられているようです。
構えても、ぐらぐらしたりしません。とても持ちやすいです。
しかも、液晶が明るくてきれい!
レンズが回転しないので、自分撮りは難しいけれど
レンズが回転する別機種も近日発売予定のようです。
 これもおもしろそう(^^))
撮影モードごとの画面表示もわかりやすいし
単3乾電池も使えるとのことなので、
旅行に持っていくにも向いているかも。

それから、数年前にSHARANという
ミニチュアのクラシックカメラのシリーズ(もちろんちゃんと撮影できます)
が発売されまして
ひそかに(?)人気なんですが
なんとそのデジカメバージョン
MINOX デジタルクラッシックカメラ LEICA M3が登場しました。
(いずれ誰かがこういうの作るだろうなーとは思ってたけど(^-^;)
さすがに液晶モニターはついていませんが
130万画素で、USBケーブルでPCに取り込むことができるとか。
なんだか「大人の遊び道具」って感じですね。
本物ライカと親子で持つとかわいいかも?

デジカメばかりが目立っていましたが
その他にも味のあるカメラを発見(-_☆)
これはすごいですよ、ただものじゃありません。
だってパンフレットに
「カメラの『お天気マーク』はほとんど意味がない」
「カメラの『距離マーク』もほとんど意味がない」
なんてことを平気で書いてるんですから。
最初これを読んだ時ひっくり返っちゃいましたもん(x_x)
カメラメーカーがこういうこと書いちゃう??って。

そのカメラの名前はHOLGA
実はこのカメラ、以前東京都写真美術館
ミュージアムショップで見かけたことがありまして。
どう見ても「子供のおもちゃカメラ」程度にしか見えなかったんですけど。
作例写真を見てみたら、何というかこう、独特の味があるんですよ。
ピントうんぬんというよりも(おそらく今流行りの)空気感というか、
質感が表現できるような感じの画像。



ポラロイドのフィルムを使うと
画面がスクエア(正方形)になる、っていうのもまたいいですね。
いつもの長方形の画面も、決して悪くはないけれど
正方形だと、1枚で見るだけでなく
複数並べてもバランスが取りやすいから、
アルバムに貼りつけたり、インテリアとしてお部屋に飾ったりするのも
やりやすいのではないかという気がします。
さらに高度な技として、
異素材と組み合わせてコラージュも可能とか。
アイデア次第でいくらでも可能性は広がるってことでしょう(^-^)

じゃんじゃんばりばりと、
モーレツに使うのには向かないかもしれないけれど
今の時季のような、うららかな陽気の休日に
散歩がてら撮ってみっかぁ〜という時に
こういうカメラが1台あると楽しそう。
誰かプレゼントしてくれたらいいのに(←自分で買えって)。

(2003.4.18)
プチうそコレクション

約1ヶ月半、ぶりの更新ですf(^^;)

事件事故など、何かと暗くなりがちなニュースが多いこの頃、ですが。
こういう時にこそ、ユーモアが大事であります♪
ありがたいことに4月1日は「エイプリル・フール」。
小さなウソなら笑って許してもらえる日、ですが。
みなさんは何かウソをつきましたか??

日本人ってやっぱり根本的に真面目なんでしょうか、
あまりこの日を楽しんでいるようには見えなくて。
やはり欧米の人たちのほうが、そこらへん上手だなと。

最近あんまり面白いことがないなぁ〜 なんて
自分自身が退屈気味だったこともあり。
4月1日に、あちこちの掲示板に「プチうそ」を書き込みしてみました。
思いつくままというか、ハッタリというか。
かなりえーかげんに考えたんですが
なぜか(?)好評だったので、ここにまとめてご紹介(^-^)


その1 Aさんとこの掲示板にて
【今日の関東地方、午前中はよく晴れるけど
 午後からは大粒の猫が降ってくるから
 折りたたみ傘を忘れずに、ですって】

・・・ニャーニャーとですね。猫ちゃんがぐるぐる回転しながら
空から降ってくるわけですよ。三毛シャム茶トラ何でもござれ。
つかまえたらお持ち帰り可!(←当然飼う、コレ基本ね)

この元ネタは「はれときどきぶた」っていう絵本です。
絵日記に書いたら本当に空からブタが降って来る、というあれ。
(たぶんそんな話だったのではないかと)

その2 Bさんところの掲示板にて
【いままで黙っていたのですけど
 実はわたくし、
 お腹の中にハムスターを3匹飼っておりまして。
 紅玉(りんご)しか食べないんだこれがまた・・・(x_x)】

・・・ひとつ思いつくと、ふたつめって案外サラッと出てくるもんです(笑)
しかも連続して動物ネタだし。
そんなハムスターいるかよっ、なんて
思わず自己つっこみを入れてしまいました
他人が見てたらかなり怪しい人だったかもσ(^_^;
でも、自分のお腹の中で飼えば持ち運びできて楽ですわね。
(そういう問題ぢゃないか)
紅玉しか食べない、ってグルメなところもまたよし♪

その3 Cさんところの掲示板にて
【正直者で売っているわたくしですが(おい)
 何かウソをついてみます。
 決して本気にしませぬよう。


 本日をもって酒をきっぱり断ちます( ̄ー ̄)b】

・・・これはむぎさんが
酒好きだということがわからないと笑えません、はい。
自分で言い切るのも何ですけど、酒断ちは無理でしょう。たぶん。
いいんだっ、酒は百薬の長!!

とまあ、午前中にここまでウソぶいてみたわけですが。
せっかくおおっぴらにウソをつける日なのだから
もう一押し何かしたいなあと思いつつ昼間が過ぎ。
晩酌したりテレビ見たりして。ふと時計を見たら23:30。
ほろ酔いついでに
もういっちょウソついてみるか(-_☆)と携帯を手に取ったのでした。
懲りない奴です(笑)
(その3 Dさんへの携帯メール)
<私信:Dさん、HPへの転載を快諾してくれてありがとね〜>

むぎさんからの送信
タイトル「まだ間に合うな」
「今晩のおかずはドブネズミの煮付けにヒキガエルの味噌炒め( ̄ー ̄)



もちろん冗談なのだ」

・・・画面をスクロールしないと読めないところがミソ(味噌?)。

こーゆーネタが好みなんですねこの人は。食いつき抜群!
すぐ返信してきましたよ。どんな内容だったと思います?


「明日からスエズ運河に出張です」

あはははは。
「がっでにいっでぐればぁ〜 おびやげ買ってごなきゃだめだど〜」
(↑クレヨンしんちゃん風に読むべし)ってな感じですかねえ。ったくぅ。

しかしこういうおばかなこと考えるのって楽しいわぁ〜(●⌒∇⌒●)

(2003.4.1)
私的顔文字論

(この文章は、わざと顔文字を多用しております。
読みづらい箇所もあるかと思いますが、
その点はどうかご容赦を( ^.^)( -.-)( _ _))

ネットの世界に足を踏み入れて早3年(と少し)。
もともとザウルスから始めた人σ(^_^;でしたが
いつの間にかチャットはやるわ、
HP作るわあちこちの掲示板に出没するわと
すっかりどっぷり浸かっている今日この頃('-'*)

懐かしく思い出される方も多いと思いますが(⌒ー⌒)
あのザウルスにも
「顔文字IT」なる、専用の顔文字ソフトがありましたっけ。
そのソフトをダウンロードするまでは
最初は(^^)マークひとつ入力するにも
いちいち英数字モードに切り替えてちまちま入力していたもんです・・・
振り返ると「よくあんなマメなことしてたよなぁ_(・。・*)φ」なんて思います。

時は流れ、自分のPCを手に入れてからも
ちまちま手入力は、しばらく続いていました・・・ロ_ヘ(^^;)
やがて、うちの掲示板(喫茶室『麦』・らくがきちょう)で
MS-IMEの機能を使った
顔文字の出し方を教えてもらってからはw(゜o゜)w
もっぱらそればかり使っていました。

顔文字辞書の存在も、ちらりと聞いて知ってはいたけれど
もともとそんなに顔文字を使うほうではなかったし
必要最低限のものだけあればよいだろう、ということで。(--)(__)うん。

・・・が、しかし( ゜_゜;)
去年の12月から始めた個人放送局がらみで
チャットをする機会が増えてからというもの
今まで見たことのない顔文字の数々に、ただただ驚くばかりヘ(゜ο°;)ノ
いったいどこから
そんな顔文字見つけてくるんだ??と思うようなのばかり(?.?)

まあ確かに、チャットみたいにパパッとやりとりするようなところでは
文字だけで「ぱちぱち」とか「おめでとう」とタイプするよりも
顔文字で
(*^^)//。・:*:・°'★,。・:*:♪・°'☆ パチパチ  とか
オメデト(^_^)∠※PAN!
 ってやるほうがわかりやすい(=視覚に訴える力がある)し
そっちのほうが(なぜか)リアルに感じられるんですよね。

記号論といわれる分野では、こういうふうに
記号のかたちそのものが
内容をなぞらえているものを「類像記号」というらしい(^_^)3 フムフム。


というわけで、むぎさんも人から教えてもらって
初めて「顔文字辞書」というものをダウンロードしてみました\(^O^)/
わりと知られている顔文字サイト、らしいです。
「さくらさくらWORLD」
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/4078/

試しにメモ帳を開いていくつか入力してみたんですがロ_ヘ(^^;
ま〜よくこんなの考えつくなぁ、っていうような
おもしろいのが出てくるわ出てくるわ o(^^o) (o^^o) (o^^)o
・・・しかしまだ読みをあまり覚えていないので
しばらくはリストが手放せないでしょう∝∝∝∝∝=(--# ))...

ちなみに、個人的にはこれが好きです・・・☆ミ凸ヽ(^-^)タイコバン!

(2003.2.24)
コニカミノルタ?

今年の初めに、コニカとミノルタの経営統合が発表になったのは
ニュースなどでご存知の方も多いと思います。
【参考Webサイト】
「コニカ・ミノルタ 経営統合へ!」
http://www.zakzak.co.jp/top/t-2003_01/2t2003010701.html
「コニカ・ミノルタ 経営統合で何が変わる?」
http://www.zdnet.co.jp/news/0301/07/nj00_konica_minolta.html

最初このニュースを聞いた時は「あらま」というか「へぇ〜っ」というか。
やはり驚きました。
どちらも(写真にかかわっている人のみならず)
誰でも知っている有名メーカーで、
しかもコニカは東京、ミノルタは大阪にそれぞれ本社を置いています。
関東の企業と関西の企業が経営統合、というのも、珍しいなと。

わたくし実はどちらにもあまり詳しくないのですが(ーー;)
コニカには「小西六」とか「サクラカラー」(古いなぁ)時代からの
ミノルタには一眼レフ及びデジカメのファンが
多いのではないかと思われます。
(最近はフィルムスキャナでも知られているようですが)

たびたびこの「むぎ写真」通信でも触れていますが、
写真業界はいまや「斜陽」業界になりつつあります。


銀塩写真(フィルムを使う写真)の大幅な需要増も見込めず
デジカメのユーザーを十分に取り込んでいるともいえません。
カメラ量販店のカメラコーナーが縮小されたり
片隅に追いやられているのは、
売上の比率から考えても仕方のないこととはいえ、
やはりさびしいものです。
(現在のカメラ量販店におけるカメラの売上比率は10%台で
PCやPC関連機器のそれのほうが、はるかに高いのです)

カメラ(及びフィルム)メーカーも、好調なのはごく一部で
他は軒並み苦戦しているというのが現状で。
コニカ・ミノルタの合併が吉と出るか凶と出るかは、まだわかりませんが
合理化(平たくいえばリストラ、ですね)を進めたとしても
合併したから売上も2倍になる、といった単純な話ではなさそうです。

(別にこの2社の悪口を言うわけではありませんが)
どちらのメーカーも「うちにはコレがある!」というような
独自性に関しては、ニコンやキャノン、オリンパスなんかに比べると
一歩劣るのかなという印象があります。

合併によって、双方の長所が生きてくるのかどうか
これから注目したいものです(・_・)

(2003.2.24)

子供にもカメラを

約3ヶ月ぶりに更新の「むぎ写真通信」です(^^ゞ
新しい年の始まりなので、原点に戻って写真の話題を。

先月、地元の市立体育館で「闘龍門」の試合があったので
観に出かけました。
午後からの開場だったので、ロビーでお弁当を食べつつ
市の広報ビデオを見ていたら
「フォトシティさがみはら」
(たぶんこんな名称だったと思う。記憶あやふや)の
ワークショップの様子が取り上げられていました。

小学生数人に、ひとり1台ずつコンパクトカメラを持たせて
自分の身の回りにあるものを、あちこち撮らせるという企画です。
体が小さく、また接する世界も違う彼らの視点で撮られた写真は
独特の雰囲気がありました。

とんがっている、というよりは、まあるいんですよね。どことなく。
大人がつい見過ごしてしまう(忘れてしまう)ような視点。

もちろん、普段カメラなんぞを持ちなれない彼らのことなので
ピンぼけしたり何だりと、失敗もあるのですが。
デジカメのように、失敗しても消せないのがミソ。

失敗したなーと思う写真も
見方によればいいところがある、かもしれないし。
失敗した写真からも、学ぶものはあります(^_^)

そもそも「子供にカメラを持たせる」発想そのものが
むぎさんにとっては新鮮でした。
考えてみれば、今は安いコンパクトカメラもたくさん出回っているし
その大部分が、シャッターを押すだけできれいに撮れるんですから。
「写ルン○す」でも、まあいいといえばいいんですけど。
写真を撮る楽しさ、カメラを使う楽しさを教えるには
コンパクトカメラのほうがよいと思います。

子供にいきなり一眼レフを持たせる、というのもありかもしれません。
自分自身のことを振り返ると。
コンパクトカメラが上手に使いこなせなくて
「写真なんて・・・」と思い始めていた頃に一眼レフを手にしてから
撮ることが楽しくなってきたんでしたっけ。


写真業界の、現状における最大の関心事は
「どうしたらもっと写真人口を増やせるか」です。
デジカメやカメラつき携帯をあちこちで見かけるこの頃ですが
だからといって(目に見える)写真人口が増えているかというと
決してそうではないように思います。
現に、写真入り年賀ポストカードの受注数は年々減っているとか。
おそらく自宅でデジカメの画像を加工する人が増えているのでしょう。
デザインの自由度も高いし。

ちらりと聞く限りでは。業界でターゲットにされているのは
定年を迎えて、余暇を楽しもうとする中高年の方々、らしいです。
彼らは機材にもこだわり、撮影会にも積極的に参加するし
プリントの大伸ばしにもお金を惜しまないとか。
写真屋さんにとっては、ありがたい顧客です。

人口の高齢化が進むことで、
今後、こういった層がますます増えてくることは間違いないのでしょうが
「趣味の写真=一部の層だけのもの」になってしまうのでは?
などとむぎさんは心配してしまうのです(-_-)
子供にカメラを持たせることは、
そういった状況を打ち破るための有効な手段となるでしょう。

絵を描いたり、日記をつけたり
友達と遊ぶように写真を楽しむ子供が増えたら
写真業界だけでなく(笑)
日本の将来も安泰だと思うんですけど、いかがなもんでしょう。

(2003.1.12)
「むぎ写真 1」作品解説

高村光太郎の詩「道程」の中にある
「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる」という一節が
昔から気に入っていて。
何か新しいことを始める時には、必ず頭に浮かぶ。

自分自身、子を持つ親となった経験はまだないが
自分がこの世に生まれた時
両親はどういう心境だったんだろうか、などとたまに考えたりする。
子供をめぐるすべてが初めてだった、彼らの心境を。

よく見ると。卵には曲線しかない。
肌触りも、どことなくざらざらとしている。
(注:新鮮な卵は表面がざらざらしているはず、たぶん)

(実際にはありえない話だけど)
この中に入っているヒヨコは、まだ外の世界を知らない。
外の世界を知らないという点では、ヒヨコも人間の胎児も変わらない。

やがて生まれてくる彼らに託す望みは様々であろうが。
その一部始終にレールを敷けるほどに、親というものは偉くない。

立って木を見ていればいいのが親、だという。

小学生の頃、校長先生が父兄参観の場で
そのような話をしたと聞いて、なるほどと思ったものだった。
当時、母親からあれこれ干渉されることが多かったから
なおさら共感できたのかもしれない。

親が見る世界と子供のそれとは、同じではない。
同じであってはならないのかもしれない。
お互い。
理解できない、わからない、どうしようもないと嘆いている素振りをしつつ
心の底では拍手を贈りたいのかもしれない。
自分たちがなし得ないことを
いとも軽々とやってのけることに、尊敬の念をこめて(?)

ところで。初めて卵を被写体にした。
そもそも、真正面から食料品を被写体にしたことって
あまりなかったような。


白い皿に乗せて。
最初はこわごわマクロで撮っていたけれど
ただ外側を撮っているだけでは飽き足らなくなってきて
スプーンで殻を破ってみたら、思いもしない表情が出てきた。



固い殻の中から、粘り気のある流動体がどろどろ流れてくるのが
こんなにおもしろいとは。

今回は生卵にしたけれど、
半熟にしたりするとまた雰囲気が変わってくるはず。
また撮りたいなあ、卵。

(2002.10.11)
「むぎ写真 8」作品解説

森を分け入らないとたどりつかない滝というのは
それだけで近寄りがたい、荘厳な雰囲気を感じさせる。

その滝を見つけたのは初夏だったので
そばに近寄るだけで、ひんやりと涼しかった。
1年通して水温が変わらない井戸と同じように
夏は涼しく、冬は暖かく感じられるものなのだろうか。

水というのは面白い物質だと思う。
少量だと光を反射するが、多量になると逆に光を吸い込み映し出す。
流れ落ちる滝の下には、水をたたえた小さな沼。
水面に映るのは太陽の光ではなくて、辺りに生い茂る木々の影。

時折細く射しこむだけだった光の向きが変わって
滝が白く輝き出す瞬間がある。
すごいだのきれいだの言いつつ群がっている
観光客など、いないかのように。

例えば舞台芸術や映画の特撮効果の技術を使えば
これと似たような風景を作り出すのは、たやすいのかもしれない。
それでも言葉を忘れたように、人々がこの滝に見入ってしまうのは
作り事には超えられない何ものかを、感じるからなのだと思う。

(2002.10.11)

「むぎ写真 9」作品解説


都会の生活は、確かに便利で刺激的で楽しいけれど
ともすると、そうしたことに食傷気味になり
ごみごみした環境を放り出したくなったりする。
少なくとも、自分自身に関してはそうだった。

実家に住んでいた頃。
自分が住むマンションの両隣にもまたマンションがあり、
そこには幼なじみが住みつづけ
病気の時にかかる医者も子供の頃からのかかりつけで
買い物に行くお店も、昔から変わらずあるところがほとんど。
街には昔からの住人に加えて
外からやってきた、ポップな格好をした人々が入り混じる。
朝から夜まで騒がしく、あかあかと電気がともる街。

こんな、あらゆることが網目のように組まれた場所から
一時非難することが時々あった。
そこは都内から電車で1時間半ぐらいのところにある
東京の片隅の、とある大きな公園。
学生の頃、これといった目的もなくプチ放浪(!)していたら、
たまたま見つけたのだ。
歩いても歩いてもひたすら続く、芝生と樹と空。
きれいに晴れた日には、
ビニールシートを広げてお弁当を食べたり
飼い犬を散歩させたり、子供を遊ばせたり。
もちろん、何もせずに寝っころがっている人もいる。
ここには、怒ったりいがみあったり人殺しをする人は1人もいない。
みんなとてもおだやかな顔をしている。
「誰もがみな幸福になる権利」があるとするならば
この場所こそが、それをなすのにふさわしい場所ではないか。そう思えた。

今となっては笑い話だが、将来自分で働いて稼げるようになったら
お金を貯めて、この公園の近くに「別荘」を借りようと本気で考えていた。

その後、実家を出て新しい暮らしを始め
「ごみごみした環境」からは、いくらか距離を置くこととなった。
さしてホームシックにもならずに。
確かに都会暮らしに比べて不便なことはいくつもあるが、
都会にあるもの=自分に必要なもの とは限らない。
それがわかっただけでもよかったと思う。
しかも、あの公園へ行くのにもかなり近くなった。
その気になれば毎日でも行ける。といってもそんなには行かないけど。


生きるすべてのものが本来の姿を取り戻せる場所。
そんな幸福な宿りの場所が、いつまでも変わらずあるように願って。

追記:「むぎ写真 8」の解説も書くつもりだったのに
うっかり忘れてしまっていた。それについては、また改めて。

(2002.9.26)
ポストカードを作る


確か6月頃だったと思います(記憶がちとあやふやなもので)。
「むぎ写真場」のカウンターが9999HITを数えた時に
記念に景品を贈呈いたしましょう(^o^)丿 と言っていたのですが
やれ授業だ試験だ掃除だ(?)といろいろとあったせいで
景品作りが延び延びになってしまっていました。
(関係者のみなさまごめんなさい)

実は景品の内容も大まかにしか決めておらず。
何か写真に関連したものにしたいなと考えてはいたのですが
素材を紙にするのか布にするのか、大きさ形状はどうするのか。
遠方の方もいるので、
郵送することを考えると立体よりも平面がいいかなetc、etc・・・

考えた末、ぶきっちょなむぎさんでも簡単に作れるものを、ということで
ポストカードを作ることにしました。

実はポストカード製作そのものが、まったく初めて。
プリンターも、普段そんなに使わないものだから、あちこち汚れていて。
インクカートリッジやハガキを調達して、
とりあえずはプリンターのお掃除から(^_^;)
どう掃除していいのかよくわからず、
いちいちマニュアルを持ち出して読んでは
「ふむふむ。固く絞った布で拭くわけね・・・」と素直に従う。
いかに使ってないかが、ここでばれてしまいます。ははは。

(これも今まで知らなかったんですが)
ハガキに印刷するからって、
わざわざ画像サイズを小さくしなくてもいいんですね。
ハガキに収まるようにと、画像サイズを小さくしたら
「画像サイズが小さすぎたため、読み込めませんでした」なんて
メッセージが出てしまって、あせりました・・・

プリンターに付属しているソフトを使って
ちょこちょこっと選んでクリックしてあげれば、
どんな画像サイズの原版でも、
ちゃぁんとハガキサイズに収まるように印刷してくれるんですね。
なんて親切なんでしょう。
(なんでんなこと知らないんだよぅ、って?どーもすみません(^_^;))

いつもはPCの画面上でしか見ることがなかった画像も
紙の上に印刷してみたら、また違った印象になりました。
どんな仕上がりになったかは、こちらから。
【画像:紫陽花のポストカード】

(2002.9.13)

サイトリニューアル


先月めいっぱいかけて(?)
この「むぎ写真場」を大幅にリニューアルしました。
6月頃から、頭の中にアイデアだけはあったのですが
なかなかまとまった時間が取れなくて。
あれしたい、これしたいと頭の中がもんもんとしていたので
サイト自体ももちろんですが、むぎさん自身もかなりすっきりしました(笑)

今回のキーワードは「スクエア」。
正方形を規則的に使ったデザインにしたいなと考えていました。
円を使ったデザインも考えたのですが
配置の仕方がむずかしいかも、ということで却下。

いざ作業を始めて。あることに気づきました。
(これ、壁紙とかあまり入れないほうがいいんじゃなかろうか(・_・?))
連日の猛暑が(!)視覚的な涼しさを求めたのでしょうか。
背景を白にして、薄いトーンのさし色を入れてみたら、
当初の予想よりもいい感じになりまして。

色についても。だいたい青やら緑やら茶系が多かったところに
(そういえば紫色って使ったことがなかったなあ。試してみるか)と
紫を入れてみたり。何でもやってみるもんですね。(^_^)b

今回のサイトリニューアルで一番進歩したこと。
それはHTMLタグをこまめに手入力するようになったことです(笑)

むぎさんは「ホームページビルダー」というソフトを使っているのですが
(HTMLの知識がそんなになくても)
タイトルロゴ作りから文字入力まで、ほとんどのことがこなせてしまうし
もともと、あまり凝ったことをしようとしない人なので
タグを手入力するのが面倒くさくて仕方がなかったのです。

でもやっぱり少しは
タグも知っておいたほうがいいんだなと実感しました。
(↑こういうこと書くと笑われるんだろうなあ(^_^;))
ビルダーをあれこれいじるよりも、
タグをひとつ入れたほうが早い場合もあると知ったので・・・
一見すると小さい文字がずらずら〜っと並んでいて
なんとも見にくいんですが
「入れ子の仕組みになっている」ことがわかると、
後はどうにか解読(?)できるものですね。
まだまだ完璧ではありませんが。

そうそう、タイトルロゴ(兼バナー)も新しくしました♪
旧字体、と呼ぶんでしたっけ。古い字体を使ってみました。
近所の神社の夏祭りに出かけた時、偶然見つけた看板に
「○○寫眞(しゃしん)店」などと書かれていたのが新鮮で
思わず真似してしまいました。
(2002.9.2)
「むぎ写真 7」作品解説


春に咲く花のうちで、桜とツツジほど比較されやすい花はないだろう。
桜は、咲くときはもちろんのこと
小さな花びらを散らすその姿もまたはかなげで
ある種の美しさをかもし出す。
一方、ツツジは大きく咲くけれど、花びらは散らない。
ちりちりに小さくしおれていくのみである。
散り方(枯れ方?)としては、あまり美しいとはいえないかもしれない。

しかし、植物が人間よりもすごいのは
地下に根をはって、そこにとどまっていることだ。
人間の場合、何かに行き詰まったりした時に
環境を変えることができるけれど、植物にはそれができない。
今ある環境で生きていくのみ。
生理的な欲求さえ、すぐに満たされる保証がない。

うっとうしい梅雨の季節に、その色彩と可憐な姿で
人々を和ませる紫陽花もまた同じで。
花はよく女性に例えられるが、
紫陽花の花は、特に女性の一生をよく表しているように思う。

去年の(!)梅雨の時期、
地元の駅のホームに咲いている、たくさんの紫陽花を見つけた。


色づいている時がきれいに見えるのは、当然といえば当然なので
その前後も含めて撮ってみた。
家で見たその画像には、
図鑑や絵葉書のイラストだけでは決して見えてこない
いつもと違った紫陽花の姿があった。

黄緑色のつぼみが柔らかくなってくると
白く小さい花々が出てきて、
それが大きくなった頃に梅雨がくる。
雨に濡れて色づいてみせるけれど
やがて気温が上がって雨が少なくなると枯れていく。

枯れていっても、その花びらを落とすことはない。
なぜなら、紫陽花は土に還るまで「花」でありつづけるから。

女性もまたそうではないだろうか。
桜がいけないというわけではないけれど
逃げを知らない紫陽花的な姿勢には、共感できる。

枯れかけの紫陽花を撮っている時に、変な顔をしていく人もあった。
変な顔をされるのは、まあいいとして(笑)
枯れた花というのは、咲いている花とはまた違った表情がある。
彫刻的というか、なんというか。うまく例えられないけど。
花なんだけど、花をこえた違った物体に思えて。

(2002.8.30)

誕生日


先日、おかげさまで20代最後の誕生日を迎えることができました♪
25歳になった時には
「私も四半世紀生きることができたんだなあ。ありがたいありがたい」
などと思ったもんですが。
あれよあれよという間に、もう四半世紀と4年も生きているとは!

女性の多くは(男性もそうかもしれませんが)ある一定の年代を過ぎると
自分の誕生日を喜ばなくなったり、逆に悲しく思うようになるとか。
むぎさんは、いくつになっても「誕生日」って素直にうれしいです。
思考回路が子供なんでしょうか(^^ゞ
当日ひとりでウキウキしているのは言うまでもないけれど
人からお祝いしてもらえると、さらにウキウキパワー倍増(笑)!

というわけで、
今年は大勢の人から「おめでとう」コールを浴びたいという欲望もあり
(少々)早めの日にちではありましたが、
自作自宴でお誕生会をやってしまいました。
声をかけたら、そこそこの人数が集まってくださって。
・・・6月に入ってから授業があったり試験があったりで
誘いを断ることもたびたびだったので
久しぶりに、おともだちの顔を見ながら楽しく飲み食いできたらいいなと。
そんな風に考えていたのですが。
思いがけずいろんな贈り物やら花束やらをいただいてしまって
びっくりするやらうれしいやらで(*^_^*)
普段お花なんか買いそうにもない人(失礼!)が
花束をかついで現れるというのも、
なんだかくすぐったくて笑いが出てしまいました。
自分ひとりで見るにはもったいないぐらいの、素敵な花々なので
記念写真を撮ってみました。
【画像:誕生日にいただいた花束】

他に、CDやむぎ焼酎(!)などもいただきました。
どちらもじっくり味わっております。

その翌日は家人と共に「サイゼリヤ」でお祝い♪
家人は、毎月20日が定例の出張日のため
毎年、少し早めのお祝いをしてくれます。
今年のプレゼントは、なんと
9/14にわが街にやってくる「新日本プロレス」のチケット。
しかも通路側の前から3列目\(^o^)/
これは選手を触りまくるしかないでしょう!べたべたと。

当日。朝起きてメールチェックをしたら
何通かグリーティングメールが届いていた。朝からウキウキ度全開(笑)
・・・その中に、
久しく連絡をとっていなかった、とある人からのものがあった。


元気かな、ちゃんとご飯食べてるかな、
仕事のグチこぼしてないかな、などと
時折気にかけてはいたけれど
雑事に追われていたのと
「便りのないのはよい便りともいうし、何とかやっているだろう」という
こちらの(都合のよい)思い込みから、何となく連絡しそびれていて。
きっと誕生日のことなんか
忘れているはずと思っていたから、とても驚いた。
読んでいてちょっとだけ泣けてしまいました(T_T)
天真爛漫な、という言葉がとてもよく似合う、あの笑顔がふと浮かんで。
向こうの誕生日も、メールでお祝いしてあげようかなと。

来年はいよいよむぎさん、大台に乗ります。
楽しみですね〜、どうなるんでしょう。
大して変わりゃしないんでしょうけど。
(でもあまりにも変化なしってのは悲しいかしらん?)

(2002.8.28)